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発酵と思考4『いい言葉はいい人生をつくる』

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パン生地の発酵にね、モーツアルトをきかせるっていうじゃないですか?

そうするとね、違うらしいんですよ。パンのでき具合が。

これは、パンに限ったことではなく、例えば醤油、鰹節の発酵でも同じらしい。

僕は、自家製の豆乳ヨーグルトを作っている。

毎日、食べては発酵させ、食べては発酵させを繰り返している。

これは、僕の知り合いから聞いた話だ。

なんでも「ヨーグルトの発酵にもありがとうという言葉がいいらしい。」というのだ。

はたして本当か?

昨日のブログでも書いたのだが、発酵とは人間にとって役にたつ微生物の働きを言う。

 

family-base-camp.hatenablog.jp

 

もしこれが正しいとすると、微生物が「ありがとう」プラスの言葉に反応してよりいい働きをするということになる。

僕は今日も自家製発酵の豆乳ヨーグルトを食べた。

食べながら、ふと、思った。

「ありがとう。という言葉に反応しているのは微生物じゃなくて自分じゃないのか?」

つまり、「ありがとう」という言葉で変わったのは、ヨーグルトではなく自分ということだ。

たぶん、そうだ。

 

いい言葉は、いい人生を作る。

いい人生は、いい言葉からできている。

 

だから、今日のブログをこんな言葉で締めくくってみる。

 

「今日も見に来てくれて、ありがとう。」

 

発酵と思考3『人間も醸す』

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小倉ヒラクさんの著書『発酵文化人類学』から抜粋

発酵をもっとも一般的に定義すると

人間に有用な微生物が働いている過程

であると言えるでしょう。あわせて発酵とコインの表裏になっている「腐敗」は

人間に有害な微生物が働いている過程

と定義することができます。
ざっくり言うとだな。

人間に役立てば発酵、役に立たなければ腐敗

と言うことになります。

 

著書「発酵文化人類学」 P035より 

 

人間は誰しも必ず年を取る。考えてみると、年を取るということは「醸す(かもす)」ことなのかもしれない。

味噌は大豆と塩と麹からできている。

豆をいくら長い時間、蔵に置いていても味噌にはなってくれない。

大豆に塩と、麹という要素が組み合わさったときにはじめて味噌になるのだ。

人間も、それと同じかもしれない。

人間も年を重ねる過程で「経験」という微生物を取り込む。

その微生物を、自分のフィルターをとおして育てていく。

そうすると、自分という人間を「醸しだす」ことになる。

ただ、人間が人生を通して「醸しだす」のには2種類ある。

一つは、他の人の役に立てるように醸し出していくこと。

もう一つは、自己中心的に、他の人の役に立つことを考えずに醸し出していくこと。

前者を「発酵」といい、後者を「腐敗」という。

人間も、味噌も、腐ってはダメ。

つねに、明るく前を向き、人の役に立って生きていきたいものだ。

 

発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ

発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ

 

 

発酵と思考②「見えぬけれども・・・」

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菌は目に見えない。
でもそこに確かに、ある。

現代人は、“見えるもの”しか信じなくなってしまった。

それが、現代人が抱える『不幸』を作り出しているのかもしれない。

昨日はそんなことを考えながら、自家製の豆乳ヨーグルトを食べた。

 

family-base-camp.hatenablog.jp

 

“見えるもの”しか信じない。

ところで、現代人が信じる『見えるもの』って何だろう?

例えば、お金。

お金を信じている現代人はとても多い。

だけど、少し考えてみてほしい。

その、お金を信じて、幸せになったのだろうか?

確かに、お金を信じたおかげで裕福にはなっただろう。

だけど、『裕福』=『幸せ』ではない。と思う。

それと同じように、『苦労』=『不幸せ』でもない。と思う。

お金がないということは、確かに現代では生きづらい。

生きづらいということは、『苦労』すると思う。

でも、必ずしも、『苦労』が『不幸せ』を作っているのではない、と思う。

今日はそんなことを考えながら、自家製の豆乳ヨーグルトを食べた。

食べながら、ふと、こんな詩を思い出した。

金子みすゞさんの『星とたんぽぽ』という詩だ。

 

『星とたんぽぽ』

 

青いお空のそこふかく、
海の小石のそのように
夜がくるまでしずんでる、
昼のお星はめにみえぬ。

見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。


ちってすがれたたんぽぽの、
かわらのすきに、だァまって、
春のくるまでかくれてる、
つよいその根はめにみえぬ。

見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。

 


『見えるものしか信じない世界』と『見えないものも信じる世界』

 

 

果たして、どちらがより幸せな世界を作るのだろうか?

 

 

見えぬものは、ないんだよ。

 

見えぬけれども、あるんだよ。

発酵と思考①「無菌状態」

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手作りの豆乳ヨーグルトを食べるのが日課になっている。

こころなしか、体の調子がいい。

豆乳ヨーグルトの作り方は簡単だ。

米ぬかを利用した乳酸菌を作り、豆乳に混ぜるだけだ。

これだけで、豆乳ヨーグルトができる。できた後は、食べた分だけ豆乳を継ぎ足せば

またできる。

腸内フローラという言葉が流行っているが、これで、私の腸内には活きた乳酸菌がたくさん増えているだろう。

さて、最近は、何でも除菌する傾向にある。

手洗いもそうだし、台所のアルコール除菌もそうだ。

そんなに菌が怖いか?

菌の何が怖いかというと、おそらく見えないからだ。

見えない何かの力で、ある菌は人間にとっていい活動をする。また、ある種類の菌は命を脅かす。

どちらにしても、人間の裸眼では見ることができないので、それなら全部殺してしまえ!というのが最近の流行りだと思う。

ところで、大昔の人々は、そんな目に見えない菌とうまく付きあい生きてきた。

当然、除菌スプレーなんてない時代にだ。

もちろん、悪い菌のはたらきで、得体のしれない病気が蔓延することもあったかもしれない。

しかし、そんな状況でも、人々は自分たちにとっていい菌をうまく活用して生きる術を発明した。

これはすごいことだ。
とくに日本人は発酵と深く結びついた生き方をしてきた。

見えないものを排除しようとせず、活用しようとした工夫が今も残っている発酵食品だ。

見えないものの力って大事なんじゃないかと思う。

今の時代だからこそだ。

すこしスピリチュアル臭くなるが

現代における『間違いの多く』は

見えないものを信じる力がなくなったことじゃないか?

もしも、見えるものしか信じないとしたら
すごく自己中心的な人間ができあがるのではないだろうか。

 

そんなことを思いながらヨーグルトを食べた。

 

こちらは発酵について面白かった本の一つ

 

 

スペクテイター〈35号〉 発酵のひみつ

スペクテイター〈35号〉 発酵のひみつ

 

 

発酵考察。

 

発酵に興味があります。それは、発酵食品をいろいろ作ってみたいという思いからです。

前に2度、味噌を作ったことがあります。

今年は、3回目の味噌づくりに挑戦します。

他にも面白そうな発酵食品がたくさんあります。自分たち家族に合いそうなもので、みんなが作ってみたい!と思えるようなものにチャレンジして作りたいと思っています。

その昔は、発酵というものが生活の一部になり、ご飯を炊くように、発酵食品を作るということが馴染んでいました。

でも、時がたつにつれて、発酵食品を作る技術というものが忘れ去られてしまいました。

昔は、味噌なんてどこの家庭でも作っていたそうです。

だけど、今ではほとんどの人が味噌をスーパーで買っていますよね。

僕は2回味噌を作ったことがあるのですが、味噌づくりは簡単です。まだ2回しか作ったことがないのに、何を言っているんだという話ですが、、。

でも、ホントに簡単なのです。

味噌づくりに作業と言えば、8割がたか「待つ」という作業です。

どれぐらい待つか?

あみんかっていうぐらい待ちます。


「待つわ」あみん

待って待って待って、待ち続けて半年後にいい味噌ができるんです。

ここがポイントですね。

現代の人って、「待つこと」が苦手ですよね。なにかせわしく動いていないと落ち着かない。

だから、味噌づくりって、もしかすると苦手なのかもしれません。

だけど、一見無駄なようなこの「待つ」という時間ですが、これが本当は大切なんだと思います。

待っている時間がもったいない。だから、スーパーで出来上がった味噌を買う。

しかし、それで失ってしまった代償ってなんでしょう?

それは、健康であったり、文化であったり、もしかすると、『なんでも自分でやってみよう!』という精神なのかもしれません。

本当に人任せになってしまいましたね。

だからこそ、僕はもう一度『発酵』について考え行動することで、失ってしまったものを取り戻したいと考えるのです。

どうせ考えるなら、家族みんなで考えて、行動していこうと思いました。

あっ、最後になりましたが、この本大好きです。

 

スペクテイター〈35号〉 発酵のひみつ

スペクテイター〈35号〉 発酵のひみつ

 

 

 

世のオヤジへ忠告!「これを読んだら、家事は買ってでもしとけッ!」

 

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お久しぶりです。

ここ最近、少しは暖かくなってきましたね。もうすぐそこまで春が来ているような気がして嬉しいです。

さて、最近、こんな文章を目にする機会がありました。

それは、上原隆さんという方が書いた、『別れた男の家事』です。

 

友がみな我よりえらく見える日は (幻冬舎アウトロー文庫)

友がみな我よりえらく見える日は (幻冬舎アウトロー文庫)

 

 ↑この中に入ってます↑

まず、上原隆さんは「ノンフィクションコラム」というスタイルで文章を書いています。「ノンフィクションコラム」とは"無名の人が生活の中でグッときた話、実際にあった話"ということだそうです。

この「別れた男の家事」はいくつかの短編ノンフィクションコラムが集まった作品です。

何らかの形で離婚することになり、その後、どうやって家事に取り組んでいるのか?がリアルに綴られています。

これがまた、めちゃめちゃおもしろいですね。

上原隆さんの書く、哀愁漂う文章。そして、最後には一筋の救いが待っている文章。

僕はどうやら、ドハマりしたようです。

中でも、この話がお気に入り。

『パーティー大好き』

どんな話か、どうしても紹介したいのです(笑)

簡単に書くと、

主人公の高橋啓(46歳)は、とても几帳面で、小奇麗で、しかも器用な男です。それは服装にも現れているし、家事にもこだわりがあるようです。

家の中もまるで、モデルルームのように整っています。また、家事に関してもこだわりがあり、使い古しの歯ブラシを流しと風呂場においておき、蛇口の裏などを磨くとのこと。また、ミニ掃除機も完備していて、ちょっとしたごみを見つけたときなんかササッときれいにしてしまうそうで。。。

すばらしいですね!

ただ、この完璧で几帳面な性格は、結婚には向かなかったようで、このクオリティを当時の奥さんにも求めていたそうです。

当時は、家事には全然手を出さず、だけど、口の方はどんどん出し、奥さんの作ってくれた料理に文句を言っていたそう。

これでは、結婚生活は続けれないですね。

そして、独身となり、今では自分の綺麗な家にお客さんを招いてパーティーをするのが楽しみとのこと。

来てくれたお客さんへのもてなしはこんな感じです。

「この前はね。前菜で、なすのマリネ、トマトの上に山羊のチーズ、モッツァレラって言ったかな、それをのっけて手製ドレッシングをかけたもの、これもおいしいんです。それから、イカのトマトソース煮、ミネストローネースープ。オーブン物でポテトとミートソースとチーズを重ねて焼いたもの。まぁ、それを肉と称して食べてもらって、最後に我が家ではスパゲッティなんです。三種類ぐらい作るんです。にんにくと赤唐辛子、イカをからめたもの、子どもがいたらミートソースとかね。お客はワインを一本持ってくるのが義務なんです。」

うーん!招かれたい(笑)

かなり料理ができる男の人のようです。高橋さんは。

これだけ、家事にも料理にもこだわりがあり、自分で思うようにできるとそりゃ誰かを招いてパーティーをしたくなりますよね?

ただ、筆者が問いかけたこの質問への答えが、、、

とてもグッとくるんですッ!!!

長いけど、また引用。

パーティーが楽しいのは、やはり、食べさせる相手がいるからじゃないだろうか。

 

「料理なんか凝ってすごいもん作っちゃったりする時があるんです。その時、ひとりっていうのは、けっこう淋しい。

~中略~

たまに、ステーキなんか、いい肉買ってくるでしょ。ジャガ芋もちゃんと面取りしたヤツをつけて、人参もちゃんと茹でててね、クレソンなんかも添えて、サラダもつくり、スープもつくり、いいワインを置いてね、ナイフとフォークをそろえて、さて、とテーブルの前に座ったりしたら・・・・ダメですね。突然、涙が出そうになります。」

 窓の外が夕焼けになり、部屋の赤い壁を赤く染めている。私は立ちあがってお礼を言った。高橋も立ちあがると、玄関まで送ってくれた。
 
 このあと、今晩は何を食べるのだろう?

 

「冷蔵庫に鮭の切り身があったから、あっさりとお茶漬けでも食べようかな」

 


うわぁ、、、いいですね。。。

何という哀愁!!!

この文章がとても素敵で、何度でも読み直したくなるようです。

そして、いろいろ考えさせられますね。

例えば家事。

家事って、よく考えてみると、結婚していようが、独身だろうが、かならず誰かがしなければいけませんよね。

だけど、不思議と、結婚しているときは「家事」っていうけど、独身の時は「家事」とは言わないなぁと思いました。

僕は、ひとり暮らしを経験していますが、その時は「家事」とは言わず、「炊事洗濯」って言ってました。

なんで「炊事洗濯」だったのか。これに理由はありません。

ただ、なんとなく推測するに、男の一人暮らしの手前、「家事」と呼べるほどの仕事をしていないので、それに代わる言葉として、「炊事洗濯」にしたのではないかと思います。

そう考えてみると、あれから僕も結婚して、今は「家事」も積極的に参加している方だと思います。

結婚してからは「炊事洗濯」ではなく「家事」に参加をしています。

これの何が違うか、と考えてみると、

「炊事洗濯」は自分のためにするもの。

「家事」は誰かのためにするもの。

そんな気がします。

もちろん、ご飯を作ったり、洗濯をしたりと、仕事の内容は同じです。

だけど違うのは、そこに”自分以外の誰かがいてくれるのかどうか”です。

家の中で自分以外の誰かのための仕事がある。

家の中で自分以外の誰かの中での仕事が自分に与えられている。

今の自分の状況って、すごくありがたいし、ステキなことです。

そう感じました。

だから、世の中のお父さんたちへのメッセージ。

家事は、自分に与えられた大切な役目と心得て、

進んで引き受けましょう!

だって、よく言うじゃないですか。

「若いころの苦労は買ってでもしろッ!」って。

さもなくば、そのうち、いくらお金を払っても、させてもらえなくなるでしょう。

 

それはつまりこういうこと。

 

 

「洗濯干しても、干されるな!」

 

男はつらいよ。。。ね? (笑)

「サピエンス全史を電車の中で読みながら考えたこと。」


電車の中で、サピエンス全史の下を読んでいます。この本が面白いことは、これまでにも書いてきました。

 

family-base-camp.hatenablog.jp

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僕は遅読派です。ですが、この本も、いよいよ佳境に入ってきました。

残すところ、あと、40ページほどです。

今日読んだ内容はこんな感じ。


家族・コミュニティの崩壊

幸せって何か?

文明は人類を幸せにしたのか?


家族やコミュニティがなぜ崩壊したのか?それは人類にとって幸せなことなのか?そもそも、幸せってどうやってはかるのか?例えば、中世の人たちは幸せだったのか?不幸せだったのか?それよりもっと前の人たちは幸せだったのか?文明やテクノロジーは僕たちを幸せにしたのか?

それらは、これからも人類を幸せにするのか?

それとも、これからも人類を不幸にするのか?


ところで、今のあなたの人生は幸せですか?


☆死ぬ幸福、死なない不幸☆

ちょっと前に、某テレビ番組でおもしろいことをやっていました。

それは、「トランスヒューマニズム」という考え方が徐々に広まっているということです。

トランスヒューマニズム

トランスヒューマニズム(英: Transhumanism)は、新しい科学技術を用い、人間の身体と認知能力を進化させ、人間の状況を前例の無い形で向上させようという思想である[1][2]。省略して>HやH+と書かれる場合もある。日本語では「超人間主義」などと訳される[3]。

By Wikipediaより抜粋

 

その、某「信じるか信じないかはあなた次第」的な番組では、こんなこと言っていました。

人間と機械(AIやロボット)が一体化していく

これまでは漫画の世界でしか見たことがなかったですが、例えば、脳だけ人間で、あとはロボット、みたいなこともゆくゆくは実現が可能だということです。

もし、それが実現したら、次に目指すのは何でしょうか。

そう、不老不死です。実際にこの団体はテレビに出てインタビューも受けていました。

matome.naver.jp

この団体が何をしているのか。人体をいったん冷凍保存して、しかるべき未来によみがえらせる。ということをするそうです。現在でも、150体近くの人体が保存されているとのこと。

150の人体が復活を待っているのですね。

それで、これはその時のインタビューで、答えていた内容なのですが、

「ゆくゆくは脳のだけを保存し、ロボットに結合することができる」

つまりは、不老不死ですね。体はロボットになっても、頭はだけは永遠に生き続けることができる。

身体は人体ではなくなるけれど、意識は永遠に生き続けることができる。

つまり、死なないということですね。

そんな漫画みたいなことができるのか?と思ってしまうのですが、アルコー財団の所長があまりにも自信満々にしゃべるもので、「おぉ、たぶん本当なんだろうなぁ~」と思わざるを得ません。

そこで、みなさんに質問なのですが、もし、このような不老不死のシステムが完備されたとしたら、、、

それを受けたいですか?

つまり、体はロボットとして、永遠に生き続けたいですか?

これについて、「サピエンス全史」著者は書いています。

科学があらゆる疾病の治療法や効果的なアンチエイジング療法、再生医療を編み出し、人々がいつまでも若くいられるとしたらどうなるか?おそらく即座に、かつてないほどの怒りと不安が蔓延するだろう。
 新たに奇跡の治療法を受ける余裕のない人々、つまり人類の大部分は、怒りに我を忘れるだろう。歴史上つねに、貧しい人や迫害された人は、少なくとも死だけは平等だ。金持ちも権力者もみな死ぬのだと考えて、自らを慰めてきた。貧しい者は、自分は死を免れないのに、金持ちは永遠に若くて、美しいままでいられるという考えには、とうてい納得できないだろう。
 だが、新たな医療を受ける余裕のあるごくわずかな人々も、幸せに酔いしれてはいられない。彼らには、悩みの種がたっぷり生じるだろう。新しい治療法は、生命と若さを保つことを可能にするとはいえ、死体を生き返らせることはできない。愛する者たちと自分は永遠に生きられるけれど、それはトラックに轢かれたり、テロリストの爆弾で木っ端微塵にされたりしない場合に限るのだとしたら、これほど恐ろしいことはないではないか!非死(アモータル)でいる可能性のある人たちはおそらく、ごくわずかな危険を冒すことさえもさけるようになり、配偶者や子供や親しい友人を失う苦悩は、耐え難いものになるだろう。

著書:サピエンス全史(下) P225

 


なんだかなぁ~(笑)

どっちがいいのか分からないけれど、僕みたいな一般ピーポー死んだときのことを考えずに、今を一生懸命生きるだけですね。

それで幸せですし。

だから特に延命とか、不老不死とかはどうでもいいですね。

ただ、気になるのは、僕は電車の中でこの本を読んでいます。

4人掛けの席に向かい合って座っています。

それで、僕の向かい側に座っている女子高校生が、こんな表紙の本を熱心に読んでいるおっさんを見てどう思っているのか?

そっちの方が気になります。(笑)

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だけど、目の前の女子高生よ!

 

安心してくださいッ!

はいてます・・・・・!?


はいてへんやんっ(笑)!

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