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小林麻央さんの生き方から学んだ!30代で1度は考えておきたい大切なこと。

 

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☆あたりまえの毎日。だからこそあったかくて愛おしい。

 小林麻央さんが亡くなられた。今日もニュースで特集が組まれている。それで、親交があった方々のメッセージが続々と寄せられている。そのインタビューを聞いても、小林麻央さんは多くの人に親しまれている人柄だったということが分かる。

 

34歳でこの世を去った小林麻央さん。ちなみに僕も34歳で同い年だ。子どもも同じく二人いる。5歳の男の子と3歳の女の子だ。

本当に他人事とは思えないのである。

すごく変な言い方かもしれないが、癌って死ぬ準備ができると思う。特にステージの重い癌であれば、どのように生きるか?と考えるとともに、どのように死んでいくのか?ということも考えざるを得ないのではないか?と思う。

その覚悟として、小林麻央さんは、自分の想いをストレートにブログで発信することを選んだのではないだろうか。

小林麻央さんがBBCに寄せた文章にも書かれているように、『人間はいつどうやって死ぬのかはわかりません。』例えば、今日、会社から帰るときに不慮の事故で死んでしまうかもしれない。

そうなると、死ぬ準備ができないんじゃないのかと思う。誰だって、まさか、自分が死ぬなんて思っていないですからね。

小林麻央さんの生き方に学んだこと。

小林麻央さんのニュースを見るたびに、どういう風に生きるか?また、どういう風に死ぬか?ということを考えさせられる。このことについては、僕も含めて、多くの方がブログやSNSで感じたことを発信していると思う。

先日僕が書いた記事では『小林麻央さんの生き方は決してかわいそうなんかじゃない』というメッセージを込めて書いた。

 

family-base-camp.hatenablog.jp

 

今回は、テレビや、ブログから伝わってくる、小林麻央さんからのメッセージから何を学んだのか?ということを考えてみたい。

6月23日の訃報から日にちが経っている。しかし、日がたつにつれて小林麻央さんの強さとか、優しさが深く伝わってくるのは不思議だ。小林麻央さんがどんな風に生きたのか?どんな風に死を迎えたのか。知れば知るほど、思うことがある。

それは、「あたりまえの毎日こそ、本当は大切」ということだ。

それで、こんな言葉が頭に浮かんだ。

バラの木にバラの花咲く。何事の不思議なけれど。』

これは、北原白秋さんの書いた詩だ。確か中学校の時に、国語の教科書で出てきたと思う。この詩の意味は、バラの木にバラの花が咲くのは、何の不思議もないことだ。確かに、当たり前のことだけど、考えてみると、大切なことじゃないか。」ということだと思う。

つまり、当たり前を、当たり前と思わないこと。当たり前の中にこそ、尊ぶべきことが隠れているということ。

これはすごく大切だと思う。

当たり前の中に隠れている尊ぶべきこと。これは、自分から探しに行かないと決して見つからない。当たり前が、当たり前になってしまうと、あまりにも当たり前すぎて気づかないんだと思う。

当たり前こそ、本当は何よりも大切にしなければいけないのではないか?

何の変哲もない日常こそ、本当はかけがえのない日々なんじゃないのか。

そんなことに気づかせてくれた。

☆いつかは終わる。終わるから輝くんだ!

人の死は、病気であるかにかかわらず、
いつ訪れるか分かりません。

これは小林麻央さんがBBCに寄稿した文章の一部だ。本当にそうだと思う。これこそ、当たり前すぎて気づかない。永遠にこの時間が続いていくように思ってしまう。

だけど、すべてはいつか、どんな形かで終わってしまう。

いつかは終わるということが、まだ終わっていないうちに分かるのはとても大切だと思う。

なぜなら、『終わるからこそ輝けるのだ』とそう思う。

 

そういえば、先ほど紹介した北原白秋さんの『バラの木の詩』には2番目がある。それはこれだ。

 

  2

バラの花。
何事の不思議なけれど。

照り極まれば木よりこぼるる。
光りこぼるる

 


バラの木にバラの花が咲く。何の不思議はないけれど

バラの木に咲く花たちに光が降りそそぎ、光がこぼれる。

そうだ、そうなんだ。なんでもない当たり前のことこそ、そこに気づくことができれば

光り輝くようになるんだと思う。

なんの変哲もない日常、そして、なんでもない日々こそ

本当は光り輝くものである。

小林麻央さんが言うように、人はだれも、いつどんな形で終わりを迎えることになるかはわからない。だけど、いつかは終わりを迎えるということを、常に心に据えて日々の日常を大切にする。身近な人たちとの時間を大切にする。

自分のなんでもない人生を愛して育てる。

そうすることによって、誰の人生にも、光が差してくるようになる。

 

そんな風に思った。

 

―おしまい―