ようかいを知らないと妖怪になるぞォォォ!(オオカミ男少年)
5歳の長男は、妖怪が好きだ。妖怪といっても、すこし前に大ブームとなった某妖怪時計のような“ゆるきゃら的妖怪”ではない。じゃあ、どんな妖怪か?というと、水木しげる先生が描かれたちゃんとした妖怪だ。
それで、息子と一緒に妖怪について学んでみることにした。一緒に学ぶといっても、息子のほうは、だいぶ前から妖怪の勉強をしているので、僕よりよく知っている。だから、息子から妖怪のことを教えて頂く、といった方が正しいかもしれない。それで、息子は現在はこの2冊の本を持っている。
このうちの妖怪大百科を妖怪研究のテキストにして学んでみることにした。それで、これが結構面白いというか、妖怪に対してみる目が変わった。まだ、妖怪の勉強(研究)を始めたばっかりだが、今後も息子と一緒にコツコツと勉強(研究)してみたいと思う。
今日はその成果をご紹介してみたい
前書きより
妖怪の味わいかた 水木しげる
・ところが、“妖怪好き”は、昔から貧乏人が多い。まア、金持ちは芝居とか、いろいろ金のかかる遊びができるが、金がなくても楽しめるのが妖怪。だから、どうしても妖怪好きは、貧乏人が多い。
・妖怪を楽しむのに別に苦行する必要はない。ラクして味わえるのが妖怪だから、どうしても“ナマケモノ”に好かれるのが妖怪の特徴のようで、金もうけで忙しい人には見えないものらしいですナ。
「水木しげる 妖怪大百科 」
これがまず面白かった。
妖怪は貧乏人にしか見えない。僕は貧乏人なので見えるはずだ!
いや、むしろ僕には、、、
はっきり見えるはずだ!(笑)
僕の好きな言葉に「自分の趣味に金がかからない人は幸せだ」があるので、妖怪研究は息子と一緒に今後も続けていきたいと思っている。(いつまで付き合ってくれるかな?)
妖怪を知る7つのポイントより第1のポイント
「妖怪とはどんなものだろう!?」・大昔の人々は万物にたましいのようなものが宿っているものと考えていた。すなわち、木には木のたましいがあり、石には石のたましいがあり、夜寝しずまったころ、踊りをおどったりしているかもしれないと考えていた。
「水木しげる 妖怪大百科 P16」
僕は息子に聴いてみた。
「木とか石とかにたましいってあると思う?」
「あると思う!」
「そうか!お父ちゃんも思う!だって、家の近くの神社にある木って絶対たましいがあるよな!?」
「そうやな。」
僕も子どものころから「たましい」というものを信じている。それが具体的に何か?というのはわからない。だけど、森羅万象すべてのものがただの無機物ではなく、たましいを持って生きている存在だと感じているのだ。
もしかすると、その“たましい”というものが姿を変えて妖怪になっているのかもしれない。
今日は妖怪の研究をとおして、息子も同じように「たましい」というものを信じていることが分かった。
これは私的な意見だが、現代の不幸って「たましい」というものを忘れてしまったことも、関係しているのではないか?と思った。「たましい」という存在が心のどこかにあると、他の人やモノにたいして“やさしくなれる”んじゃないかと思う。「たましい」という見えないものの存在を認めて暮らしていくということは、自分以外の人や物を大切にするということでもある。
だから「たましい」という存在を忘れてしまったら、自分中心、俗にいう“自己チュー”になってしまう。
今日、水木しげる先生の妖怪を通して学んだこと。それは、妖怪を知るということは
「たましい」を知る。ということと言い換えれるんじゃないか?
ということだ。
「たましい」の存在を忘れた人間は自己チューになる。自己チューな人間はいずれ不幸になり、不幸な人間の中には邪鬼が住む。
もしかすると、本当の妖怪って
たましいをどこかに置き忘れてしまった
人間なのかもしれない。
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