アドラーパパの家族会議。

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『可哀想なんかじゃない!小林麻央さんはとても幸せな人生じゃないか!』

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小林麻央さんの死と僕の誕生日

昨日、6月23日(金曜日)は僕の誕生日だった。34歳になる。そして、昨日、小林麻央さんが乳がんでお亡くなりになられたという訃報が世間を悲しみに包んでいる。

小林麻央さんも僕と同じ34歳だ。

子どもも二人いらっしゃる。

僕にも二人の子どもがいる。5歳の男の子と3歳の女の子だ。

どうにも、他人事と思えない。

 

というのは、僕自身も、といより、人間は生きている以上、いつ死ぬのかわからないと思うからだ。

 

いつ死ぬのかわからない。というとこが分かってきたのは、たぶん子どもができてからだと思う。それまでは、ずっと生きていられるような、僕にだけは死なんて訪れないかのような。そんな風に生きていたと思う。

もしかすると、それは、『いつ死ぬのかわからない』んじゃなくて、『分かりたくなかっただけ』かもしれない。意識的に死から目をそらしてきたのだ。

でも、子どもができてからは違った。どういう風に違ったか。うまく説明できないけど、子どもが生まれたことで、『何歳まで一緒にいれるかな?』ということを考えるようになったということか。もしかすると、成人式まで一緒にいられるかもしれないし、ひょっとすると、明日、事故で死んでしまうかもしれない。

つまりは、『永遠なんてものはないんだ。』いつかは終わりを迎える。そういうことを考えるようになったし、だからこそ、一瞬一瞬を大切にしようと決心しているつもりだ。


そう決心したのは、僕の場合、子どもが生まれてからだ。


☆確かに、いつ死ぬのかは分からない。それでもできること・・・

このことについて、みなさんに見ていただきたい本がある。

長くなるが引用したい。

◆死に瀕しても心は健康でいられる

 私は精神科の医者ですが、大学を卒業してすぐに精神科の医者にはならないで、はじめの数年間は研修ということで内科医をやったんです。その人というのは、内科医をやって、第一号で天国(?)へ送り届けた患者さんなんです。
 年は七〇ぐらい。右翼団体のボスなんです。本物の、やくざではない右翼さん。九月ぐらいに入院してきて、病気は白血病の一種で骨髄の癌。入院してきてすぐに、私が主治医として挨拶に行くと、「先生、どうだ」と言うから「ただの貧血ですから大したことないです。二、三か月もすれば退院できます」と答えると、「嘘をつくな」って言うのね。「俺は長いこと修行をしてきたから、自分が生き残れるか、死ぬかぐらいわかる」「そんなことない、大丈夫です」と言うと、どなられましてね。「若造黙れ!お前らごときにだまされる俺ではない」私も参りまして、結局「どうもすみません」って言って謝ってしまった。「病気は、白血病です。長くもってお正月を越せるかどうかぐらいです」と白状してしまったんです。
 すると、その方は、「一二月の半ばごろまで命がほしい。しかも、昏睡状態ではいかん。そのときに俺が意識がないと、とても困ったことになるんだ」っていうんです。何だか知らないんだけれどね。

~中略~

◆人間はいかに死ぬかを自己決定できる

 それで、一二月のその日は無事生きて、結局お正月の三日だったかに亡くなった。家で休んでいると病院から呼び出されまして、行ったらまだ意識があるんです。そして彼が私に最初に言ったのは、「先生、すまん。正月ぐらいはゆっくりさせてやろうと思ったんだが、もうだめだ。今から死ぬので、点滴とか、酸素吸入とか、いっぱい付けているのを全部外してくれ」と言うのね。「これを外しますと、あなたはだめですよ」。すると、その方は笑って「どうせ死ぬんだから、もういいんだ。最後の頼みぐらい聞け」って言うから、「それじゃあ、外しましょう」と言って、全部外しました。
 それから、奥さんに身体をきれいにふいてもらって、白無垢に着替えました。そして「座らせろ」と言うのね。骨髄の癌ですから骨がぼろぼろになっています。「座ったら、骨が折れますよ」「今から死ぬんだから、骨の二、三本折れてもかまわん」。そこで骨が折れないように注意して座らせました。かなり痛かったろうと思う。その姿できちんと皇居のほうにご挨拶をして、横になって数時間後に眠るように息を引き取られました。
 この方は死ぬその瞬間まで、精神的には健康だったと思います。右翼思想というものがどうかは別にして、彼はいつも他人のために生きました。自分が死ぬときに主治医を呼び出したことをすまないと思った。そんなことを言った患者さんはこの人くらいのものです。彼が生きていたかった理由も、他の人のためなんです。自分のためではないんです。そして彼は死ぬその瞬間まで、自分がどのように生きていくか、どのように死んでいくかを、自分の力で決断して、選び続けました。これは非常に健康なパーソナリティーだと思います。
 多くの患者さんたちは、死が迫ってくると、恐怖心に圧倒されてしまって、自分で選ぶことをやめてしまいます。そして被害者になってしまって、完全にパニックに陥ります。しかしこの方は一度もパニックに陥らずに、いつも冷静に、自分がどうやって残された人生を生きるか、そしてどうやって最後の時を迎えるかを考え続け、実行なさいました。
 このように精神的な健康は、身体的な健康とは関りがない。もちろん身体的に健康であればそれに越したことはありません。けれども、身体的にどんな状態であっても、人間は健康でいることができると思います。


著書:劣等感と人間関係 著者:野田俊作 P12-14

 


小林麻央さんのニュースを見ていて、この本の内容が真っ先に頭に浮かんできた。それは、小林麻央さんが闘病中に書かれたブログの内容を見てもそうだし、夫の市川海老蔵さんの記者会見を聞いてもそうだ。

つまりこういうことだ。

確かに、小林麻央さんご自身の体は病に侵されていたのかもしれない。でも、死ぬ最後の最期の瞬間まで小林麻央さんの心は健康だったと思うし、幸せな人生だったと感じざるを得ない。

けっして、『かわいそうな人生じゃない!』それは、幸せに生きた人に対して、どんなときも、自分ではなく他人のために生きた人に対して失礼だ!

だから、小林麻央さんの人生は可哀そうなんじゃなくて、ただ、ただ、それが早すぎただけなんだ。。。


☆ぜひ知ってほしい。小林麻央さんが残した強く優しい気持ち

こちらは小林麻央さんがBBCに寄稿した文章の一部だ。

人の死は、病気であるかにかかわらず、
いつ訪れるか分かりません。
例えば、私が今死んだら、
人はどう思うでしょうか。
「まだ34歳の若さで、可哀想に」
「小さな子供を残して、可哀想に」
でしょうか??
私は、そんなふうには思われたくありません。
なぜなら、病気になったことが
私の人生を代表する出来事ではないからです。
私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、
愛する人に出会い、
2人の宝物を授かり、家族に愛され、
愛した、色どり豊かな人生だからです。

www.bbc.com


人間はいつ死ぬのかわからない。だけど、『どんなふうに死を迎えるのか?』は自分で決めていけるんだと思う。

小林麻央さんは、最期の瞬間まで、大切な家族への愛に生きたんだと思う。

だって最期の言葉が

『あいしてる』

だったのだから。

34歳の誕生日に飛び込んできた、悲しいニュース。

同じ34歳として、優しくも力強く生き抜いたその生き方。

そして最期まで大切な人への愛をつらぬいたその死に方。

 

小林麻央さんの幸せな人生に感服するとともに


心よりご冥福をお祈り申し上げます。