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家族会議。~はてなブログ版~

家族の、家族による、家族のためのブログ

子どもを尊敬する決心 Part2

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今日の夕方、一つ記事を更新した。

 

family-base-camp.hatenablog.jp

 


この内容は、5歳になる長男が保育園に馴染めていないという内容だ。簡単に、やわらかく説明すると、息子が通う保育園は活発なこどもが多い。その中で、息子は物静かにクラスに溶け込もうとするため、びっくりしているのではないか?ということを感じた。これについて、父親として何ができるか?今のじぶんにできることを考えて書いてみたのだ。

この内容についてもう少し考えてみたい。

☆こどもが活発とか静かとかはどっちでもいい☆

 まず、僕の考えとして、息子が活発だろうが、物静かだろうがどちらでもいいと思っている。活発な息子でも、物静かな息子でも、どっちの息子でも愛する決心ができている。それはすなわち、親としての理想のこども像を持たない。つまり、子どもがどんな状態でも、そのままの子どもを尊敬しているというこだ。
ここはすごくたいせつなポイントだと思う。

 例えば、親が「活発な子どもでなければならない」とか「クラスには自分から積極的に溶け込まなければならない」など。子どものことに対して「~しなければならない!」という態度で接すると、そもそも子どもといい関係が作れない可能性が高いと思う。よく言われる言葉で「あなたのために言っている」という言葉の後ろには、いつもこれらがあるのではないだろうか?

 だから僕自身、それは避けたい。逆に考えて、親が考える「しなければならない」という方向に子どもを誘導しても、子どもは高い確率でいつか反発するし、いい親子関係は作れないように思う。そしてそれこそが、親の思うように子どもを操る行為だと思う。親は放っておけばいつだって子どもを支配したいからね。それは自分自身に対して、常に厳しく戒めている。

 だから、僕自身は子どもを誘導したり、思い通りにしたりという考えとは真逆の方向に舵を取っている。そもそも、そういう子育ては、僕自身の性分に合わないし、はっきり言って大っ嫌いだ。

ここは強調しておきたい。

アドラー心理学に関する論文を読んで☆

 一つ論文をご紹介。といっても、僕みたいなものがアドラー心理学の論文を解説することは恐れ多いので、今の僕にとって、参考にさせて頂いた部分を紹介したいと思う。

・親や教師が、援助できること、できないことを区別する。
・子どものそぶりからその子の要求を察して対応しない。
・できていないことをさがして、「もっと~~になりなさい」と子どもに期待をかけるのをやめる。これは、「今のあなたのままではだめだ」というメッセージと同じこと。自分の力でやれそうにないと思っている子どもをより自信を無くさせる。

・人にはそれぞれ特質があります。例えば、いつも旅行の企画をして友達を呼び集めるのが得意な人もいれば、誘ってもらうと喜んで参加する人もいますし、さらには留守番しているのが好きな人がいるでしょう。自分の特質を生かして、協力的に生活したり、仕事をすることが大切ではないでしょうか。
・積極的な子どもは積極的な子どもとして、消極的な子どもは消極的な子どもとして、それぞれに建設的な居場所があればいいのです。

 

「積極型の子ども・消極型の子どもー子どもの自立をめぐってー 萩 昌子 」より

 

これは、もちろん、アドラー心理学の理論に基づいて書かれている。もしかすると、アドラー心理学を知らない人には難しいかもしれないが、是非とも参考にしてもらいたい。そして、子どもには今のままでいい。そのままのあなたで他の人の役に立つ道を一緒に探していこう!というメッセージを送りたい。(受け取るか受け取らないかはあなた次第。受け取ってくれると嬉しいな。)

アドラー心理学の尊敬の意味☆

 僕は野田俊作先生のアドラー心理学を学んでいる。ここで、これを読んでいるあなたは不思議に思うかもしれない。それは「野田先生の」とついているところだ。ただ単にアドラー心理学を学んでいる。とせずに、あえて、野田先生のとつけるにはわけがある。それは、アドラー心理学は教える人、または、本であれば、誰が書いたか?でアドラー心理学のニュアンスが大きく違う場合があるからだ。っというかむしろ多い。まぁ、多くは語らないが、アドラー心理学会がフジテレビに対して送った抗議文を読んで判断して頂ければいいんじゃないかと思っている。

アドラー心理学会がHP上で公表している抗議文

 それで、僕は野田先生のアドラー心理学を学んでいる。これは、一生涯を通して学び続ける、ライフワークとして学びたいと思っているし、それに値することだと思う。

 僕自身、アドラー心理学に対するいろんな講演会に参加したが、やはり、野田先生のアドラー心理学が一番いいと、僕は思っている。それは、実際に、今の僕自身がとても幸せだからだ。自分のことも好きだし、今の自分の人生に対しても満足できている。(歩みを止めるというわけではない。)

 自分がそうなら、できるだけほかの人にも幸せになってほしい。そして、そうなる方法を、協力的に学んでいきたい。そういう風に自分を家族や社会に対して役立てて行きたい。

そう思っている。

最後に、野田先生の著書「勇気づけの方法」よりアドラー心理学の“尊敬”についての意味を書いて今日は終わりにしたいと思う。

アドラー心理学に基づく教育、あるいは育児では、何度も言うように大人と子どもとはまったく対等だという、絶対的な前提を置きます。教師と生徒はまったく対等である、親と子どもはまったく対等である、たとえその子どもが0歳児であっても、あるいは大きな子どもであっても、障害児であっても、あるいは非行化している子であっても、そういうこととはまったく関わりなく、人間として対等なのです。
 対等ということをふまえて、その人がどんなことをしていようと、どんな考え方をしていようと、どんな状態にあろうと、人間として尊敬する。そこからしか教育も育児も始まらないと、アドラー心理学は考えます。

「勇気づけの方法 P152 より」

 

 

勇気づけの方法 (アドラー心理学を語る4)

勇気づけの方法 (アドラー心理学を語る4)

 

 

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