マイ・ファミリー総合カタログ

家族や子育てについてのカタログ

息子よ。急に男になったねぇ。


心に残っている映画のセリフがある。「急に男になったねぇ。」これは、天空の城ラピュタでドーラが言った言葉だ。急に男になった。僕たちはいつから男になるのだろうか?

長男がこの春小学校になる。その長男が急にお兄ちゃんになった、ように感じる。どんなところが?例えば、「何も言わなくても、かえって手洗いうがいができるようになった。」例えば、「何も言わなくても、食べた後の食器を流しまで持っていける」例えば「何も言わなくても、おもちゃの片付けができる。」

こんな感じだ。

そう考えてみると、「急に男になる」=「何も言わなくてもできる」ということじゃないかと考えた。

つまりは、自分で考えて行動できるということだ。自分で考えて行動するということは、責任がともなう。お兄ちゃんになるということは、その責任をまっとうし、そのうえで自由を得るということだ。

この春、小学生になる長男。その背中には、体よりもひと回り大きなランドセル。

あぁ、大きく成長しているなぁと感じる春でした。

発酵と思考13『家族と発酵』

 

 発酵技術がどんどん失われている。これって結構深刻なんじゃないかと思う。例えば、キムチ。キムチは韓国を代表する発酵食品だ。だが、日本で売られているキムチは発酵していないものが多い。どういうことか?日本のキムチは、ただ単に白菜に"キムチ風味のタレ"をつけただけなのだ。だから発酵はしていない。これには韓国の人も怒っているようだ。

 僕は実際にキムチづくりをしたことがある。3年前ぐらいに田舎で行われたワークショップに家族で参加したのだ。キムチづくりは奥が深い。白菜の古漬けから始まって、キムチの素づくりもかなり手が込んでいた。そして、白菜を一枚一枚めくって、そこにキムチのもとを丁寧にぬりこんでいく。こうして、キムチは発酵するのだ。これは正真正銘キムチだと思う。つまり菌が生きている。

 現在では、発酵技術が失われつつある。代わりに、簡易的な○○風味食品がスーパーなどで多く見かけるようになった。発酵技術が失われることの問題は、発酵食品が食べられなくなることではなく、発酵風味食品を発酵食品だと思い込んで食べてしまうことではないだろうか?

 昨今は発酵ブームだ。僕は発酵技術の勉強をコツコツしようと思う。そして、自分自身が発酵食品を取り入れ、それを、家族にも広げていきたいと思った。

 

発酵の技法 ―世界の発酵食品と発酵文化の探求 (Make:Japan Books)

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 この本好きです♪

発酵と思考12『息子とチャップリンを見た。』

 

子どもと「モダン タイムス」という映画を見た。DVDでだ。

 

 
これはチャップリンの代表作の一つで、今でも名作として語り継がれている。

内容は、映画の冒頭に出てくる紹介文を引用すればいいだろう。

 

"Modern Times" A story of industry of individual enterprise - humanity crusading in the pursuit of happiness.

ー人間の機械化に反対してー

ー個人の幸福を求める物語ー

 

チャップリンという人は知っている。だが、映画を見るのは初めてだ。それで思った。

 

「今の子どもにもチャップリンは通じるのだろうか?」

 

映画は、ほぼセリフはなく、音楽とコミカルな動きで映画の主題を表現している。

それで、映画を見ている息子の反応はというと、

大爆笑している(笑)

とくに、チャップリンが無実の罪で刑務所に入れられてからのシーンで爆笑だ。

もちろん、まだ6歳なので、映画の背景にあるメッセージをくみ取ることはできないだろう。


だけど、僕はこう思った。


チャップリンは生きている。


発酵もそうだと思う。現代では不思議なことに、殺菌処理をした食品などに"賞味期限"があるではないか。

一方で、何十年も前のワインが高い値段をつけられて取引されている。

前者と後者の違いは何か?


それは、生きているか?死んでいるか?


本当にいいものは、死なないのだ。

 

発酵と思考11『形のない財産』

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 家族に何が残せるだろうか?そんな風に考える。子どもが生まれてからか、自分の人生の終わりを意識するようになった。といってもこれは暗い話ではない。いつか終わりを迎えるからこそ、今が輝くのだ。まるで花火のように。

 この感情の名前が「愛おしい」ということに、僕は気づいた。

「恋」に終わりはない。だが、「愛」はいつか終わる。いつか終わるその日まで、できるだけのことをしよう。僕にできることは何だろう?僕に何が残せるだろう?

 例えば、「味噌の作り方」なんてどうだろう?小倉ヒラクさんの著書「発酵文化人類学」にこんな文章がある。

小泉センセイは僕の顔を見るなり、

「お前ッ・・・さては免疫不足だな。味噌汁飲め!納豆と漬物食え!」

と猛烈プッシュ。
で、それを実行してみたところ、あら不思議、だんだんと朝の低体温&低血圧がなくなり、それとともに喘息もアトピーもおさまっていったのでした。

著書:発酵文化人類学 P23~24

 

 例えば、僕がいなくなった後も、僕の教えた「味噌の作り方」は受け継がれたとする。それは子どもに受け継がれ、子どもたちが大人になり、新しい家族ができ、その中でも受け継がれる。

僕はいつかいなくなる。 

だけど、僕が教えた「味噌の作り方」は生きる。正真正銘、発酵し菌が生きている味噌だ。スーパーで売られている”味噌風味の味噌”とはわけが違う!

 そして、もしも子どもたちが、生きることに疲れたときは、そっとこう言ってあげたい。

 

「まあ、味噌汁でも飲んでゆっくりしようや。」

 


SOFFet - 人生一度(official video)

発酵と思考10『ストレスのない人生なんて、ケチャップのないオムライスのようなものだ。』

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 メルカリにハマっている。知り合いの話だ。理由を聞くと「ストレス。」らしい。どんなものを買うか?主に陶磁器だ。値段はさほど高くない。

 ストレスでメルカリ。それで思った。「この人はあとどれぐらいメルカリで買い物をすれば、ストレスがなくなるのだろうか?」1万円か?10万円か?それ以上か。そもそも、ストレスってなくなるものなのだろうか?

 ストレスって何だろう?僕は「摩擦」だと思う。例えば、僕とあなたは違う人間だ。なにもかもが違う。考え方も、呼吸の仕方も、好きな料理も、生き方も。「摩擦」は自分の生き方を相手に押し付けようとしたときにおきる。

 その点、発酵は融合だ。異質なもの同士の調和だ。菌とリンゴが融合すると酵母になる。人間と人間が違う以上、ストレスはなくならない。だからなくさず、融合するのだ。ストレスと人間が融合すると何になるか?

それが、人生だ。

ストレスは、人生のスパイスにすぎない。

発酵と思考9「発酵と子育てⅡ」

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今週の土曜日に、長男の卒園式がある。

いつの間にか卒園するようだ。

もちろん僕も、卒園式には出席する。

だけど、なんだかあっという間で実感がない。

まあ、僕が卒園するわけではないが。

長男は4歳から保育園に入った。

小さい保育園だから、周りのお友達は何年も同じクラスだ。

その輪の中に最初は入れず、戸惑った時期もあった。

そういう話を聞かせてくれた。

長男は、とても優しく、探求心があり、理論的なタイプだと思う。

一方、保育園円の雰囲気はというと、活発で、エネルギッシュな雰囲気。

最初はその雰囲気に圧倒されて、馴染めなかったようだ。

今でも100%馴染めているかと言えば、そうではないと思う。

いろいろ、つらい思いもしてきたそうだ。

そして、その話を聞いている僕もつらい気持ちになったことを覚えている。

だけど、考えてみる、僕自身はどうなのかと。

僕自身は100%今の会社に馴染めているのか?と。

そりゃ、考えが合わない人もいる。

理解に苦しむ言動の人もいる。

だけど、そういう中でこそ、「何か協力できる部分」を探す工夫はしているつもりだ。

子どもの世界だけがつらいのではない。

大人の世界だって変わらずつらいのだ。

残念ながら。

しかし、こんな風に考えてみる。

長男は保育園での集団生活を通して、

ワクチンを打ったのだ。

それは、大人になったときに、そういうつらい状況を

上手くかわしたり、または、ある程度は耐えられたり、

また、そういう状況を脱するために複数の選択肢を準備できたり。。。

そういうことができるためのワクチンを打ったのだと考える。

だから、長男には、社会に出たときに無防備ではない。

社会に対する予防接種を受けているから。

もちろん、これからも予防接種は受けなければいけないが。。。

 

長男は今週の土曜日に卒園式を迎える。

あたりまえのようで、あたりまえではないのだが、

僕も父親として初めて卒園を迎える。

もちろん、子どもが保育園に行くということも、初めての経験だった。

そして、長男もいろいろ経験してきたと思うが、同じように、僕もいろいろ考えることはあった。

父親として。

子ども自身が体験し、考えなければならない課題に対して、どう接するべきか?

この点にはすごく気を使った。

つまり、子どもの人生に、親である僕が勝手に入って助けてあげるわけにはいかない。

なぜならば、これは、子どもの人生なのだ。

立派な、立派な、子どもの人生だ。

その一歩はまだ小さいかもしれない

だけど、正真正銘、子どもが自分の足で歩いた足跡だ。

僕は、そんな長男を誇りに思うし、大好きだ。

これから先、小学校に上がっても、

たぶんいいことばかりではないと思う。

いいこともあり、つらいこともある。

だけど、どんな時でも、僕はあなたの味方です。


月並みだけど、いつか子育ては終わる。

大豆が発酵し、いつかは味噌になるように。

子ども辛いこと、楽しいこと、いろんなことを経験し、

いつかは大人になっていゆく。


あぁ、この瞬間が、幸せだ。

 

 

family-base-camp.hatenablog.jp

 

発酵と思考8「発酵人間」

 

年を取ったとよく言う。だけど、考えてみると、年を取ったのではなく、発酵したのではないか?そう思った。

顔のしわが増えたのも、体力がなくなってきたのも、お腹がでてきたのも。

年をとったのではない。

発酵したのだ。

発酵には欠かせないものがある。

それは菌だ。

人間の発酵でいうところの菌とは何だろう?

それは経験だ。

人間は一生を通じて様々な経験をする。

その経験を通して、人間は発酵していくのだ。

もちろん、いい発酵もすれば、悪い発酵もする。

では、いい発酵をするにはどうすればいいのだろうか?

いい発酵には、いい言葉がけが必要だ。

いい言葉が、養分となり、いい発酵となる。


だから、今日という経験にいい言葉を3つかけて、ブログを終える。


1、長男が保育園でマドレーヌを作って来た。みんなでそれを食べた。嬉しかった。

2、洗濯物を畳んでいると、長女がそれを手伝ってくれた。助かった。

3、妻が作った夕食をみんなで食べた。この家族でよかったと思った。


あなたの人生もいい発酵ができますように。