マイ・ファミリー総合カタログ

家族や子育てについてのカタログ

なぜ、嫁は旦那の「手伝おうか?」にキレるのか?

 

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『家事・育児を手伝おうか?』と言われてイラっとする女性がいるみたいですね。。。というか大半のようです。

このことは、最近ネットでみかけました。なんでも、数多くの女性の共感を生んだようです。

 逆に男性がこれを聞いてどうなのか?というと「ポッカーン????」という感じでしょうか。(笑)

もしくは、『家事・育児を手伝おうか?』と女性に言われて、それほどイラっとしないのではないでしょうか?というか、そもそも女性の方は男性に『手伝おうか?』とは口が裂けても言わないのかもしれないですが・・・(笑)

"家事・育児"について、男性と女性はどちらが怒っているのか?というと圧倒的に女性の方がお怒りのようです。

では、なぜ女性は『手伝おうか?』と言われてイラっとしてしまうのでしょうか?

考えてみて、思ったことを先に申し上げると、「幼稚だから」だと思うんです。

もくじ:

 

 
☆女性は男性に対して「言われないとできないのか?」と思っているらしい☆

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日本人がとても大好きな言葉ってなんでしょう。たくさんあると思いますが、「以心伝心」ってどうですか?好きじゃないですか?

何も言わなくてもお互いの心と心が通じ合っている状態。

僕らはいつも以心伝心~♪

確か、オレンジレンジの歌でありましたね。どうですか?みなさんは以心伝心って言葉、好きですか?


Orange range - 以心電信

確かに、何も言わなくても分かり合えている夫婦って素敵だと思います♪だけど、それは、たかだか結婚10年やそこらでその境地に達するのは無理だと思うんです。

というか、近年はすごく離婚率が高くなっているわけですよね?これこそが、以心伝心は難しいということを物語っているように思います。

もしも、最初から「以心伝心」な状態なら離婚はしないわけですよね?なにがしかの不具合、別の言葉で言うなら、見えない亀裂が生じたから、離婚という破裂が起きたわけですよね?

そういう意味では「言われないとできないのはお互い様だ」と思うんです。夫も妻も、言われないとできませんよね?

女性は言います。「洗い物手伝おうか?言われる前にやれよ!」

じゃあ逆に男性はこう言いたい。「俺が帰ったら、ビールを机に用意しておけよ!」

どんなに強く、心の中で思っていても、言葉で言わないと分からないです。

人の気持ちって。

それで、“幼稚な人”ってこう思うんです。

(なんでわかってくれないの?バカじゃないの?)

以心伝心はありません。どんなに強く心の中で思っても、相手には届きません。

どうですか?これってすごく幼稚じゃないでしょうか?

あなたは一生、思い続けますか?

もしそうなら、それは「思い」じゃなく「呪い」です。

考えてみると丑の刻参りで、憎いあの人が死ぬなら苦労はしませんよね。。。


じゃあ、逆に、大人ならこういう状況でどういう言動をとるでしょう。

おそらくこんなふうに言うと思います。

「手伝ってくれるのね?ありがとう。あなたが手伝ってくれると助かるわ。」

どうでしょう?え、言いづらい?

でも、こういう風に言うと男性はどう思うでしょうか?

(あぁ、そうなんだ!じゃあ、次からも手伝うことにしよう)

そう思って、次は何も言わず手伝ってくれることでしょう。

何も言わずに手伝ってくれる・・・目標達成ですよ(笑)

たぶん、家事になれていない男性は不安なんです。だから、手伝っていいかどうかの確認が必要なんです。


そう思う理由は次に続きます。


☆勝手にやると「私がやった方が早い」と思うらしい☆

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「言われなくても手伝え!」

そう思う女性が多くいることはわかりました。ただ、実際に男性側が、「じゃあ、言われる前にやってやろう!」と思い、例えば洗濯物を畳んで片づけるとどうなるでしょう。

こうなるらしいです。

「片づける場所を間違えている!このハゲェェェェェ!違うだろぉぉぉぉぉぉぉ!これなら自分でやった方が早い!」

こんな仕打ちってありますか?(笑)

まず、片づける場所って夫婦間でちゃんと話し合われているのか?ということです。

おそらくここでもこの言葉が当てはまると思います。

僕らはいつも以心伝心~♪

つまりこう思うのです。

(私がいつも片づけている場所があるでしょう!そこに片づけろっつうの!)

先ほどと同様、思うだけでは相手には伝わりません。だったら、冷静に話し合う方が大人な対応だと思うのです。

以心伝心ではなく、ちゃんと冷静な言葉をつかって相手に協力を求める。

これが大人としての対応じゃないでしょうか?


☆要するに家庭における主導権を握りたいと思っているらしい☆

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ここまで書いてきたことで分かること、それは、女性は男性に対して、自分が主導権を握っておきたい!と“思っている”らしいのです。

先ほど書いてきたことって要するに、自分が思うように相手を動かしたい。ということですよね。

言わなくても何かをしてほしい。自分が思った通りに何かをしてほしい。

これは女性が考えたルールの中で、男性に動いてほしいということだと思うのです。

でも、考えてみてください。先ほど書いた


言わなくても何かをしてほしい。自分が思う通りに何かをしてほしい。


↑こんな人があなたの会社にいたら、どう思いますか?↑

おそらくこう思うでしょう。


「幼稚園児か?」


5歳児が母親に求める態度と似ています。いや、5歳児の方がまだ大人かもしれませんね。


☆主導権争いじゃなく協力関係☆

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自分で勝手に思い込んだルールの中に、これまた勝手に相手を引きずりこんで、自分にとって都合がいいように物事を展開したい。

これって、かなり、幼稚な態度だと思うんです。

もしも、これを夫婦関係の中で実現させようとするなら、その未来には、破滅しかまっていないでしょう。

だって、自分の理想の枠の中に、相手を無理やりはめ込んでも、窮屈なだけです。そういうことを続けると、いつか破裂してしまいます。

他の誰かを、自分の理想の方にはめ込もうとする生き方は、結局はだれも幸せにはできません。

自分も、周りの人も。。。

みんなが不幸になります。


ところで、結婚生活ってなんなんでしょう?いろいろ答えはあると思うし、正解はないと思うのですが、僕は協力関係を築いていく修行だと思っています。

そりゃ、誰だって自分が思うように生活したいですよ。だけど、結婚するということは、“家族が幸せに暮らせるために何ができるか?”このことを常に考え、行動し続けることだと思っています。

自分ではなく、家族が。

そのためには協力が必要です。なぜならば、自分が思う幸せと、ほかの家族が思う幸せが、必ずしも同じとは限らないからです。

どうするのが幸せか?それは、家族で話し合って決めていくことだと思うのです。コミュニケーションによる一致が必要不可欠です。

だって、何かの縁で夫婦になったんですから。その夫婦がつまらない幼稚な理由で争いあってどうするんですか?

くだらないことをいつまでも、いつまでも、いつまでも、永遠に永遠に思い続けるなんて、どうかしてると思いませんか?


☆『手伝おうか?』と言ってくれる夫さんは、絶対にいい人だ!☆

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それで、根本的に、『手伝おうか?』と言ってくれるパートナーの方は、基本的にいい人だ!あなたの選んだ人は、間違いないと思って間違いない!と思うのです。

それを、重箱の隅をつつくかの如く、少しでも自分が気にくわなければ、幼稚に怒って主導権を持とうとする。

頭を冷やしてください。

と言いつつも、そんな風に女性が思うようになってしまったのも、わかる気がするんです。


☆男性も女性も家事育児に誇りを持とう☆

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子育てをしていなくても美しい女性はたくさんいらっしゃると思います。

では、どんな女性が美しいと思うのか?ということですが、それは、未来のために必死で貢献しようとする女性です。

僕は、子育ては未来への貢献だと思っています。

人類の未来への貢献です!

現在、僕は5歳と3歳の子どもを育てています。僕は、自分で言うのもなんですが、積極的に家事育児にかかわる方です。

それは妻も認めてくれていますし、なにより、僕に家事育児をする機会を作ってくれていることにも感謝しています。

逆に、妻が僕に

「あなたは家事や育児はしなくてもいいから、ただ、働いてくれれば結構です。」

と言うとどうでしょう?

僕は、本当に寂しい気持ちになります。

僕は、本来は育児、特に子供が小さいときは、母親の仕事だと思っています。それはこちらの記事にも書いています。

 

family-base-camp.hatenablog.jp

 

そうなんです、父親は母親の前には太刀打ちできません。母は偉大だと思うんです。

しかし幸いなことに、妻は僕に『家族に貢献する機会』を与えてくれています。

今は、男性も育児に参加するのが当たり前になってきています。しかし、ひとむかし前はどうだったでしょうか?

女性は家事・子育てをするものだ!

男性は当たり前のように思っていました。そしてこの言葉の裏にはこんな意味が隠れています。


そんな低俗なことは男の仕事ではない!


そもそもの間違いがここにあるのだと思うんです。今回は『手伝おうか?』と言われてイラっとする女性のことを“幼稚だ”と表現しました。

しかし、そうさせてしまった背景には、男性が、女性の“偉大な仕事”を低俗に扱ってきた。それは女性が家事・育児を通して未来へと貢献する勇気をくじいてきたのではないかと思うのです。

つまり、最初に幼稚だったのは僕たち男性の方だったのです。

☆家事は芸術だ!☆

長くなりましたが、最後にアドラー先生の著書『人生の意味の心理学』より

こちらを引用させていただきます。

 

我々西洋の文化は不幸にして、母性を高く評価しない。少年が少女よりも好まれ、社会における少年の役割がよりすぐれているならば、少女が将来の仕事を嫌いになるのは当然である。誰も従属的な位置に満足することはできない。このような少女たちが結婚し、自分自身の子どもを持つという予想に直面する時、何らかの仕方で抵抗を示す。子どもを生みたくないか、その準備ができていない。そのことを期待しない。創造的で興味のある活動ともみなさない。

これはおそらくわれわれの社会のもっとも大きな問題であるが、それに直面する努力はほとんどされていない。人間社会の全体は、女性の母性への態度によって規定されている。ほとんどどこにおいても、人生における女性の役割は、過小評価され、第二義的に扱われている。子ども時代においても、少年が、家事は召使いがする仕事であり、それを助けるために少しでも家事をすることは恥であるかのように見ていることが見られる。家を管理すること、家政は、あまりにしばしば、女性に開かれた仕事ではなく、女性に任された嫌な仕事と見なされている。

もしも女性が家事と家政に本当に興味を持つことができ、それによって、他の人の生活を軽くし豊かにできる芸術だと本当に見ることができれば、女性はそれを世界の他の誰とも比肩しうる仕事にすることができる。

著書:人生の意味の心理学 P151-152

 


アドラー先生の没後80年。

 

どうでしょう。

 

あれから僕たち人類は、少しは大人になって来たでのしょうか?


ーおしまいー