家族会議。~はてなブログ版~

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『賢い犬は"待て"をする。アンポンタンは待てずに怒る。』

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☆子どもは宇宙人

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例えば、あなたの目の前に突然、宇宙人が現れたらどうするか?その宇宙人はどうやら、あなたの敵ではないようだ。ただ、何を言っているかは、あまり分からない。分からないが、なぜか、妙に憎めない宇宙人である。

 

だからしばらく一緒に生活してみることにした。ちょうど、映画「E.T」のようだ。

そうなると、あなたは、その宇宙人のことを、一生懸命知ろうとするだろう。「何を言いたいのか?」「何をしたいのか?」「今、何を感じているのか?」必死で探ろうとする。そして、万が一、その非力で、世話の焼ける宇宙人が、危険な目に合おうとしていたら・・・

あなたは必至でその宇宙人を守ろうとするだろう。

なぜなら、その宇宙人をちゃんと自分の星へ返してあげるために。

なぜ、突拍子もない宇宙人の話をしたのか?それは、子どもって宇宙人と似たようなものじゃないかとおもうからだ。

産まれたときは、とても非力で、何もすることができず、ただ泣くだけしかできない。しかし、親はそんな生まれたての赤ちゃんに対して「今、何が言いたいのか?」とか、「何をしたいのか?」など、必死で読み取ろうとする。

ここには言葉を超えた何かがあるんだと思う。

そして、だんだん、大きくなってきた子ども。日に日に大きくなるが、それと同時に大人には理解できない行動をするようになる。 

あまりに理解できない行動をするので、たいていは、叱って正しい行動を教えることになる。そうやって子どもは、この星で生きていく術を学んでいくことになる。

その後も、自分とは全く違う宇宙人との生活は続くが、ある日、これもまた徒然に、親のものを離れて行ってしまう。

子ども自身の住処を探して旅することになる。

子どもって宇宙人じゃないか?って感じることがある。つまり、自分とはまったく別の、得体のしれないもの。

僕たち親は、そんな宇宙人を、いつか自分の星に返してあげるために育てているのかもしれない。

 

☆子育ては親の修行だ。怒らないための

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親と子どもは全く別の生き物なのだ。そもそもが、別の生き物。なので、親と子どもが違っていて当然だと思う。

なのに、『違っていることが悪いこと』のように、子どもに怒ってしまうのはなぜだろう?

違っていることは悪いことではない。むしろ、すごくいいことのように思う。ただ、違っていることが悪いことではなくて、ルールの認識がずれているのはまずいと思う。

ルールについては大人が子どもに教えていかなければならない。

ルールはルール。ルールを守ったうえで、違いを出すのは全然かまわないと思う。その場所で生きるためのルールは教えるべきだ。

ただ、ルールを教えるのに、なにも怒る必要はないと思う。ちゃんと説明してあげればいいだけのことだ。

ルールを教えるだけなのに、子どもに怒ってしまう。それはなぜか?いくつか理由はあると思うが、理由の一つに、「怒らなければ子どもは言うことを聞かない」と思っているのではないだろうか。

果たして、怒らなければ子どもは言うことを聴かないのであろうか?

僕は全然そんなことはないと思っている。

それはどういうことかと言うと、「怒ったら言うことを聞いてくれることもある」とは思うけど、必ずしも「子どもは怒られなければ言うことを聞かないか?」と問われると、そうではない。

筋が通った説明をすれば、子どもはちゃんとわかってくれるのである。

これは実感としてある。

僕は、怒らない子育てを実践中だ。どういうことかと言うと、アドラー心理学の理論を使って子育てを実践している。

実際に、どういうことをするか?と言うのは、もし興味があれば、野田俊作先生の本を読んだり、最寄りのパセージという講座を受講されてみてはいかがだろうか?

親が、ちゃんと筋が通った子育てをすると、怒りを使う必要はない。

だけど、親だって仏様ではない。人間だ。だから、子どもがする行動や言動に対して、短絡的に『怒り』を使って対処してしまうことがある。

しかし、怒りを使わなくてもちゃんと子育てはできる。

さりとて、問題に対して怒りという感情を使う癖がついているので、怒ってしまう。

怒りという感情は便利である。

どういう風に便利かというと、即効性があるということだ。つまり、その場で子どもは言うことを聞いてくれるかもしれない。が、そこから子どもが何を学ぶかということである。

ついつい、便利な怒りという感情は使ってしまいがちになるが、子育ては怒りを使わないための修行だと思っている。

使わなくてもいい怒りをいかに使わずに子どもを育てるか?

そうやって育てていくと、子どもものびのびと成長するだろう。しかし、いちばん成長するのは親自身だと思う。


☆子どもに怒る親は ”待て” ができない

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怒りという感情を使う癖。これはなかなか治らないと思う。なぜ、短絡的に、怒りを使って問題を解決しようとするのか?なぜなら、「待てない」からだ。

例えが適切であるかどうかわからないが、ペットの犬を思い浮かべてほしい。頭のいい犬は、ドッグフードを与えて「待てッ!」と言われると、ちゃんと待って、「よしッ!」と言われると初めてドッグフードを食べることができる。

しかし、頭のアンポンタンな犬は「待てッ!」と言われても待つことができない。なぜかというと、短絡的だからだ。つまり、早く食べたいと思ってしまうのだろう。

これって、怒りを使って子育てをしてしまう親に似ている。

怒りを使って子育てをする親は待てない。

感情をコントロールできない。

ここで、一つ、付け加えておきたいのだが、「怒り」という感情そのものが悪いわけではないと思う。怒りがこみ上げてくるのは自然だし、仕方がないことだと思う。

だけど、ちゃんと成熟された大人なら、それをコントロールできるはずだ。

怒りをコントロールし、理性を保って、ちゃんと筋が通った子育てってできるはずだ。

これは、誰でも訓練でできるようになる。

怒りで子育てをすることのデメリットをちゃんと理解して、じゃあどうすれば怒りを使わないで、冷静に子育てができるのか?

ここで、僕の尊敬する野田俊作先生の言葉を思い出した。ご紹介する

 

「すぐ止まれ マイナス感情 見つけたら。」

 

怒りというマイナス感情を見つけたら、何か対処しようとせず、すぐに止まる方が得策だ。

そうすると、いつしかマイナスな感情が消えて、冷静になっていく自分を観察することができる。

そうなってから、行動するということは、一つ怒りを使わないで子育てをするコツだと思っている。

怒りというマイナス感情を見つけたら、すぐに止まるようにする。

これは、繰り返し、繰り返し練習すれば、誰でもできるようになってくる!

マイナス感情が大きくなる前に察知して、止まることができるようになるということだ。

 

だから、もう一度言う。


怒りを使って子育てをする親は

 

「待て」ができない。

 

ーおしまいー