アドラーパパの家族会議。

家族の、家族による、家族のためのブログ

アサドリのブログ19

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おはようございます。
今朝も寒いですね。
寒いのですが、突き刺すような寒さは
なくなりつつあるのではないか?
そんな感じがします。
少しづつ春を感じますね!
気取ってみることはないのですが

もうすぐ春ですね♪(笑)

さて、ぜんぜん、暗い気持ちはないのですが
"死"について考えています。
漢字で書くと恐ろしいですね(笑)
なぜ、そんなことをこんな早朝から(05:01)考えているのか?
思い当たる理由は2つあります。

一つは先日、参加した"とある"ワークショップで聞いた話

もう一つは

昨日読み終えた本の内容。

このあたりで"死"に関するテーマがでてきたので
一度考えたかったのだと思います。
考えたいというか整理したいという感じでしょうか。

もう一度言いますが

暗い気持ちじゃないんですよ(笑)

整理するといっても
そんな簡単に整理できることでもないですよね。

あっ、でも最近思うのは
「死にたくない」とは思わなくなったということです。
というよりも
「永遠に生きていたい」
という思いがなくなった感じでしょうか。

しつこいぐらい言いますが

人生に失望しているわけではありません(笑)

なぜ、そう思うようになったか?
明確にこれだ!という理由は思い浮かばないのですが

おそらく

子どもができて子育てをするようになってからじゃないかな?

と思うんです。

子どもができてから
僕も父親になり、子育てをしているうちに
それまでは、あまり表に出てこなかった感情に気づきました。

アドラー心理学修業中の身としては

感情を使うようになったと言った方がいいのでしょうか(笑)

で、どういう感情か?というと

愛おしい

という感情です。

どういうことか?というと

終わりを意識するようになりました。

それまでは、あまりというか
全く意識していませんでした。

しかし、物事には終わりがあるんだな、と。

例えば、子育てだってそうです。
僕の尊敬する野田俊作先生は講演会で

「子育ては14歳で終わり。」

とおっしゃられていました。

僕の長男は現在5歳。10年を切っています。
長女は3歳。あと11年です。あっ、でもあと5年もすると嫌がられるようになるんですよね?父親は。(笑)

そこは、嫌われる勇気を持ちたいな(笑)

それで、可愛くて仕方がない子どもたちですが
いつの日か、どういう形かで離れる時が来るんです。

いつかは終わる

そういう貴重な時間を一緒に過ごしている。

永遠の愛という言葉があります。
よく恋愛ドラマでテーマとなりますね。
しかし
愛にも終わりがある。
そう思えたときに

愛おしい

という感情の意味を知ることができるのではないでしょうか?

今、現在、この瞬間の"愛"を大切にしていこう。

"愛"という感情には対象となる相手がいます。

自分一人で愛という感情は持てないのではないでしょうか?

だったら、愛させてくれる他の誰かがいてくれることに感謝する。

その人たちのおかげで
自分の人生がより味わい深いものになっていることに気づいていく。

"死"という、その瞬間まで
他の誰かの幸せを願おう。

"死"という、その瞬間まで
そういう生き方を選択しよう。

生きることを、自分の責任において自由に選べるように
死ぬことについても、自分の責任で自由に選べると思います。

だったら、前向きに死んでいく
明るい気持ちで死んでいく
他の誰か幸せを願いながら死んでいく。

そういう死に方もできるわけです。

ねっ、暗い話じゃないでしょう?(笑)

 

 

死にカタログ

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