アドラーパパの家族会議。

家族の、家族による、家族のためのブログ

アサドリのブログ11

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おはようございます。
今日は休み。家でゆっくりコーヒーを飲みながら
この文章を書いています。
ですが、意外とゆっくり書こうとすると、何を書こうか?と構えてしましい
書くことが思いつかいないという事態となります。
なんとなく

「毎日ブログを更新する」

ということをゆる~く決心しています。

だから、何かしらの文章を毎日書きたいと思っています。

薬にも毒にもならない文章ですが
それでも自分の考えを整理することには役立っているし

ネットを通して、今までつながれなかった人と
何かしらのつながりを持てるということは有意義だと感じています。

なのであまり

「書こうと思わずに書く。」

なんか

「戦わずに勝つ。」

に似ていますね?

どうも、宮本武蔵です。ちがうかぁぁぁ!(笑)

あっ、それでふと思いついたのですが

もし宮本武蔵が生きていたとしたら

五輪の書はやっぱり電子書籍で残したのでしょうか?

あと、日々の修行をブログで残したりしたのでしょうかね?

気になります。

そうだ、子育てで思った話をしよう。

僕は現在5歳の長男と3歳の長女の子育て中です。

これぐらいの年齢だと"あるある"かもしれないですが
お互いの主張が食い違っているために
親が困ってしまうということがあります。

どういうことか?というと
例えば、息子は僕に一緒にトイレについてきてほしい。
でも、娘は僕に居間で一緒に遊んでほしい。

でも、僕の体は一つしかない。

このようなケースで、長男と長女のバトルに勃発することがあるのです。

皆さんにも経験がありますか?

このことを考えてみると、まずは子ども達が

自分で自分の主張をできるようになったことはいいことだと思います。
ちゃんと、自分で考えて、自分のしてほしいことを伝えてくれている。

この点は子どもたちの成長を感じます。

しかし、ここで子ども達に学んでほしいことは何か?というと

「そのためには協力が必要。」

ということです。

自分のしてほしいことを主張するだけなら
ほかの誰かの主張とぶつかってしまい
バトルになってしまうかもしれません。

一方で世の中にはそれが生きがいであり
積極的に主張をぶつけることが自分の居場所だ!
と感じている人もいるようです。

しかし、お互いにとって何がいいのか?を
考えて行動できる協力が必要だと感じます。

それで、僕としてはトイレにもついて行ってあげたいし
ぬいぐるみで一緒に遊んでもあげたい。

だけど、体は一つしかないんです。

それで、僕の体をあいだに挟み
両方からお互いの主張を言い合う子どもたちに
こう言ってみました。

「どっちかが協力してくれないとお父ちゃん困るよ。」

つづけて、長女にこう言ってみました。

「トイレが終わったらまた遊ぶから、ちょっと待っててくれる?」

すると娘はこういいました。

「いやだ。」

そりゃそうだ。(笑)

すると、そのやり取りを見ていた嫁が

「じゃあ、お母ちゃんと遊ぶ?」

すると娘も

「うんッ!」

と言って、嫁のほうに走っていきました。

ナイス、嫁!(笑)

こうして、僕は息子と一緒に

連れションに行ったのでした。(笑)

そんなこんなで、子どもたちが起きたのでこれで終わります。

では、今日も一日が

いい日であることを選択できますように。。。

 

 

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