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アサドリのブログ6

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おはようございます。今朝は雨の影響か、いくぶん暖かい朝となっております。昨日、妻とも話していたのですが、今年ってだいぶ暖かい冬じゃないですか?それとも、そういう感じがするだけですかね。去年のこの時期ってもっと寒かった気がします。
まぁ、でも、まだ1月なのでこれからが冬の本番なのでしょう。

今日の朝は何となく家事について考えています。先日、女子力という言葉が話題になったり、また、男性の家事についてメディアに取り上げられたりもします。
それで、僕はというと、比較的に家事には参加する方だと思っています。しかし、それは最近の話で、前は妻がするものだ。と思っていました。

今では、洗い物や洗濯物を取り込む、部屋の掃除機、風呂掃除、までやっています。
あっ、でも、役割分担が明確に決まっているわけではなく、妻がやってくれる事もあるし、僕がすることもあります。...

それで、自分の中で意識的に変わったことがあるんです。
それは、例えば、僕が洗い物をしているときに、妻が隣のテーブルで、梅酒ロックを飲んで、雑誌を読んでいたとしても、何にも思わなくなったことです。何にも思わなくなったというと、少し違うニュアンスなので、正確に言うと、マイナスな感情を持たなくなった。という方がいいかもしれないですね。

それが、なぜか?と考えてみると、パワーバランスという考えがなくなったからだと思っています。

夫婦のパワーバランス。
例えば、「俺がお前を守って幸せにする!」という台詞や考えって、よくドラマで見たり聞いたりします。これって、言葉足らずだと思うのです。
もう少し補足すると「俺が幸せにしてやるから、お前は家事をやれ!」ってことじゃないでしょうか?
こう言う考えが昔の僕にはありました。なので、自分が家事をするということは、何でしょう、下に見られているというか、
夫婦のパワーバランスで、妻に押されているというか。そんな感じがしてしまいましたね。20代のころは。
しかし、幸せにするって、「俺が」じゃなくて「みんなで」だと思うのです。
みんなで協力して幸せになる。
俺が幸せにするって考えてみると、すごく独りよがりですよね?
おそらく、こう言う考えで行動すると、孤立して行くでしょう。
みんなで協力して幸せになる。 幸せの形をみんなで見つけていく。

あっ、そういえば、僕の好きな歌のなかで、こんな歌詞があります。

「幸せは二人でそだてるもので~♪どちらかが苦労して~♪つくろうものではないはず~♪

」そうです。幸せは俺が強制的に与える物ではないんです。

それでは聞いてきださい。さだまさしさんで関白宣言。

 

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=tsXkp9FVzgg&w=854&h=480]

 

 

さだまさし/グレープ ベスト 1973-1978

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